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あなたが選ぶベストオブ清張プレゼントキャンペーン開始!

2014.07.16

「清張祭り」記念!
あなたが選ぶベストオブ清張プレゼントキャンペーン開始!

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8月の松本清張祭り前30話一挙放送を記念して、プレゼントキャンペーンを開始いたしました。
あなたが選ぶベストオブ清張ということで、
今回チャンネル銀河で放送する30作品の中から、
あなたが好きな作品に投票し、豪華賞品が当たるプレゼントに応募しよう。

 

韓国歴史ドラマを100倍楽しむコラム!第2弾「トンイ」更新しました!

2014.06.29

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チャンネル銀河で放送中の韓国歴史ドラマを100倍楽しむために知っておきたいトリビアを韓国取材歴12年の編集者・露木恵美子さんが、5つのポイントでご紹介!第2弾は、5/13(火)から放送開始の「トンイ」を取り上げます。
 
~ポイント① 「トンイ」が日本人に受けた理由は?~
 
 近年、韓国時代劇が人気を博していますが、この人気に拍車をかけたのが「トンイ」の放送ではないでしょうか? 王家、両班(貴族)、中人(専門家)、常民(庶民)、賤民(奴婢)と、身分階級が細かく分かれて、男女の関係が厳しかった朝鮮王朝時代。「トンイ」では、庶民よりも身分が低かった賤民出身でありながら、朝鮮王朝第19代王・粛宗(スクチョン)に気に入られ、側室になった淑嬪崔氏(スクピンチェシ)の波乱万丈の生涯が描かれています。「宮廷女官 チャングムの誓い」のチャングムと同じように、トンイは実在する人物ですが、“トンイ”という名前は記録に残っておらず、 トンイメインビジュアル.jpg 宮廷の下働きから側室になったこと以外は、その生涯が明らかになっていません。しかし、そんな人物の生涯をイ・ビョンフン監督が、いろんな角度から楽しめる興味深いストーリーに仕上げています。また、「トンイ」の時代は、韓国時代劇で最も多く描かれてきましたが、これまでは、稀代の悪女として知られる張禧嬪(チャンヒビン)にスポットが当てられたものばかりでした。淑嬪崔氏(スクピンチェシ)という深く掘り下げて描かれてこなかった人物がフィーチャーされたことも視聴者の興味を誘ったようです。  
 毎エピソード、ラスト10分は、トンイの安否や宮廷での出来事にハラハラドキドキさせられ、時には、その展開に手に汗握ることも! そこにタイミングよくそのシーンにピッタリな効果音が挿入され、その演出は、感情を一層高めてもくれます。どこまで本当なのか? 時代考証したくなったり、韓国歴史ドラマ名鑑などを広げながら見たり、ついつい連続で見てしまい寝不足になることもしばしば。意外と見る側に体力が必要ではありますが、トンイを演じたハン・ヒョジュの清楚でハツラツとした姿に癒やされる作品でもあるのです。
 
 
 
 ~ポイント② これだけでも面白い!トンイを取り巻く名脇役~
 
 領土争い、派閥争い、後継者争い、サクセスストーリーなどが描かれていることが多い韓国時代劇。「トンイ」の時代は、朝鮮時代の中でも派閥争いや後継者争いが一番激しかった時代といわれています。ドラマでは、第19代王・粛宗(スクチョン)や仁顕(イニョン)王妃を支持する西人派(ソインパ)と側室である禧嬪張氏(ヒビン チャンシ)を支持する南人派(ナインパ)の派閥争いが、サスペンスっぽく演出されていて、それがスリリングでもありドキドキもさせられます。
 そんな中、主役をしっかりと守る武官やホッコリさせられる個性的なキャラクターがいっぱい登場! ドラマを見ていると自然と気になる存在になっていくほどです。ここでは、注目のサブキャラクターを紹介したいと思います。
 
【コミカルなやり取りで笑わせてくれるキャラクター】
 
ファン・ジュシク×ヨンダル IMG_0557.JPG
 宮廷の音楽を担当する部署=掌楽院(チャンアゴン)の副所長と楽師。身長差のかなりあるデコボココンビ。お調子ものだけど、人一倍トンイのことを心配する。その心配する姿がオーバーで、彼らの登場にホッとすることもあります。掌楽院の人間でありながら、王様にも気に入られ、王宮の外で酒を酌み交わすという仲っていうのも面白い設定です。お笑いコンビとしてやっていけるほどのセンスを持った二人の、アドリブ多発!?のシーンには、毎回笑わずにはいられません。
 
■ポン尚宮×エジョン
 監察府(カムチャルブ)の尚宮と女官。後に承恩尚宮(スンウンサングン)(王の寵愛を受けた女官)となったトンイに使える女官となり、出世した気持ちでいるところが面白いです。女官の中では、このコンビがお笑い担当で、いい味だしています。
 
■オ・テプンとその息子
 南人派の指導者であるオ・テソクの弟。偉大な兄とは比べられないほど無能なため、出世もできないでいます。その息子は女好きで、無能なことは言うまでもなく。いつも情けなくて、かわいそうな親子ですが、ファン・ジュシクとヨンダルのように登場するだけで、笑ってしまうコンビでもあります。
 
【クールで硬派な姿が印象的なキャラクター】  
 
■ソ・ヨンギ  
王室の警護を担当する親衛隊=内禁衛(ネグミ)の親 7676re.jpg 衛隊長。王とトンイを支える存在。あまり笑うことなく、正義感にあふれ、任務を遂行する姿が何とも凛々しいです。鋭い目力にも頼もしさを感じます。演じるチョン・ジニョンは、かつては映画「王の男」(05)で、酒と女に溺れたどうしようもない朝鮮時代の暴君・燕山君(ヨンサングン)を演じた俳優です。映画界で活躍し、なかなかTVドラマに出演していない彼は、「トンイ」では燕山君の時代とさほど差のない時代の武官を演じ、それがびっくりするほど対照的。映画「王の男」を見た人には面白いポイントでもあります。
 
■チョンス
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トンイとは幼なじみで兄妹のような関係。迫力あるアクションをあちこちで披露。その華麗な姿にうっとりです。本当の妹のようにトンイを可愛がっていますが、実は思いを寄せています。恋敵が
王様では仕方ないとはいえ、トンイを見守るあの姿には、見ているこちらの心が痛くなることもあります。チョンスを演じたペ・スビンは、トンイを演じたハン・ヒョジュと「華麗なる遺産」(09)で共演。ここでも彼女に思いを寄せる先輩役を演じていました。次回共演したら、思いが届く役柄であってほしいものです。
 
 
悪役ではありますが……
■チャン・ヒジェ
禧嬪張氏(ヒビン チャンシ)の兄。ずる賢くて世渡り上手。妹のために、様々な悪事を働きます。彼のおかげでトンイは数々の窮地に立たされます。トンイの視点から見ると、悪い奴に感じられますが、すべては、妹や一族のため。意外と家族思いな一面を持っています。本作のチャン・ヒジェでは、禧嬪張氏にスポットがあてられたキム・ヘス主演版「張禧嬪チャン・ヒビン」(’02年)に登場したチャン・ヒジェに比べると、コミカルにアレンジされているところが印象的です。

 

 「トンイ」特集ページはこちら!

 

 

 ~ポイント③ やりすぎなアレンジが興味を誘う韓国時代劇

 韓国の時代劇は、ドラマを面白く見せるために、史実を「やりすぎだろう!」ってくらい、アレンジすることが多々あります。「トンイ」では、王と宮中で働く奴婢が町中で出会い、気軽に話をするとか、禧嬪張氏(ヒビンチャンシ)の兄のチャン・ヒジェが、妹のために目障りなトンイを消そうとするとか、宮中にない架空の部署=監察府(カムチャルブ)を作り、色鮮やかな衣装を来た女官たちを活躍させるとか、「やりすぎ」なアレンジが多々ありました。そういった過剰なアレンジは、史実に忠実で真面目なストーリーを進めていったら、きっとつまらないものが出来上がってしまうから故のことなのでしょう。以前、韓国の某ドラマの製作陣に話を聞いたときに、「エンターテインメントだからね」と苦笑いしていたことをよく覚えています。 

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 しかし、この「やりすぎだろう!」ってくらいのアレンジは、意外と設定がしっかりしているため、リアルに感じられることもあります。「トンイ」の場合、オジャギン(死体を調べる人)の娘として育ったトンイは、父の仕事振りを身近で見ていたおかげで、死体を検視できるという能力を持った普通の子供ではありませんでした。そして、後のストーリーに登場する謎めいた事件の解決に一役買っていきます。この斬新でスピーディーな展開には、夢中になって見てしまうという、製作陣の罠にハマッタような感じがします。実はもっとサスペンスタッチの脚本だったらしいのですが、サスペンスは韓国の視聴者にはウケなかったようで、王様とトンイのラブストーリーが増されたそうです。おかげで、監督と脚本家の妄想に近い、王とトンイのラブラインをたっぷりと見せられたような気もします。

 さて、劇中で活発に動き、王の寵愛を受けるようになるトンイとは、そもそもどんな人物だったのでしょうか? 粛宗に見初められて、承恩尚宮(スンウン サングン)から淑媛(スグォン)、淑儀(スギ)、淑嬪(スクピン)と、どんどん地位が高くなっていった人物であることはわかります。しかし、実は、歴史書には、第19代粛宗の側室で、第21代英祖の生みの親で淑嬪崔氏としか残っていませんでした。昔は、高い地位になった人は苗字で呼ぶのが礼儀だったため、トンイがもらった位の淑嬪に、姓である崔(チェ)をつけて、淑嬪崔氏と呼ばれ、名前までの記録がなかったようです。そこで、イ・ビョンフン監督と脚本家が、淑嬪崔氏が様々な逆境を乗り越え、成功を収めた元気な女性という意味でトンイ(同伊)と名づけました。トンイのトン(同)には、韓国では「動」という感じの音読みと同じ音だから、行動的なイメージを与えられるという発想からです。

 ドラマでは、幼少の頃の記録がまったくなかった人物をよくもここまでアレンジしたな!と思うほど、トンイは、事件解決に走り回り、窮地に立たされていきます。幼かったトンイの父親代わりでもある彼のセリフで、「トンイの奴、居ても心配。居なくても心配。気を揉ませる奴だな」(第6話)、という、とても印象的なものがありました。「トンイ、それ以上は首を突っ込まないで!」と思うほどの彼女の行動には、フィクションとわかっていながらもハラハラドキドキさせられ、ファン・ジュシク同様、「居ても心配。居なくても心配」なキャラクターとして、毎回、親心のような気持ちで見ています。

 

  「トンイ」特集ページはこちら!

  ~ポイント④ 「トンイ」で時代劇俳優として存在感を増したチ・ジニ

2004年、韓国で「宮廷女官~チャングムの誓い」が放送されていたころ、取材などでお世話になったコーディネーターさんが、「マイブームはチ・ジニ。とてもハンサムで、他のどの俳優よりも大好き」と話していたことがありました。その時、私にはあまりピンときませんでしたが、その後、韓国のチムチルバン(健康ランド)で、マダムたちが俳優について話をしているところに遭遇。「落ち着いていて、とってもハンサムよね~」「女性を見つめるときの眼差しが素敵~」「時代もののコスチュームがとても似合うのよねぇ~」と、楽しそうに話をしていたので耳を澄まして聞いてみると……、チ・ジニの話で熱くなっていました。後に「~チャングム」が日本で放送されるようになり、彼が演じた役ミン・ジョンホが、正義感にあふれ武術に長けた武官で、チャングムを見守る優しい男性だったことを知り、なるほど! ドラマを見た女性には、カッコイイという印象が強く残ったんだなぁと思いました。

ところがその強い印象は、本人にはとても負担だったそうで、「俳優として固定のイメージではなく、いろいろな姿を見せなければいけない」と、「~チャングム」以降は、意識的にコメディやシリアスな作品に出演。そしてその結果、どうしようもないダメ男から、血や傷が似合う男まで、作品ごとに新たな魅力と印象を視聴者に根付けることに成功しました。それが自信となり、2010年には、「~チャングム」と同じ監督イ・ビョンフンの「トンイ」で時代劇へと回帰。ここでは、武官から大幅に出世して、李氏朝鮮王朝の王を演じ、再び注目されるようになったのです。

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しかし! この王様ときたら、変装して宮廷内外を視察する度胸はあるけど、低い塀も乗り越えられなければ、何者かに狙われたトンイを守るのにも一苦労するほど、弱々しい王様。女官たちにも気軽に声をかける、これまでに描かれてきた古典的な王・粛宗とは、かなり違ったものになっていました。また、演じたチ・ジニに対して、「あの頼もしい武官ミン・ジョンホを演じた人が!?」「コミカルな作品に出過ぎたのでは?」「もしかして女好き?」と思った人も多かったことでしょう。

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イ・ビョンフン監督は、1971年に「チャン・ヒビン」で演出助手、1988年には、「朝鮮王朝500年-チャン・ヒビン-」を演出し、「トンイ」以前に粛宗の時代を描いていました。今回は、粛宗とよく比較されるイギリスの“自由奔放なヘンリー8世”のような王という新しい解釈で描いたようです。ゆえにチ・ジニ版粛宗は、自由に動き回り、コミカルでロマンティックな部分もたくさんある、人間味溢れた王にアレンジされ、とても親しみやすいキャラクターになっていました。この大胆にアレンジされた粛宗は、視聴者のウケもよく、チ・ジニの時代劇俳優としての存在感は輝きを増すことになったように思います。 

 

  「トンイ」特集ページはこちら!

 

~ポイント⑤ 「トンイ」で有名になった二人の女性 

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イ・ビョンフン監督作「トンイ」(10年)から、二人の女性が有名になりました。一人は主人公のトンイを演じた女優ハン・ヒョジュです。シチュエーションコメディ「ノンストップ5」(05年)でデビューした彼女は、清楚で可愛らしい姿ですぐに視聴者の心を掴み、日本でおなじみのユン・ソクホ監督の四季シリーズ完結編「春のワルツ」(06年)に主演することに。演技の経験もさほどないのに、

大きな作品の主演とは「シンデレラガールだ」と、当時の韓国のマスコミに大注目されました。その後、いくつかの映画やドラマを経て、初の時代劇「イルジメ~一枝梅」では、演技力が高く評価され、その勢いに乗った彼女は、「華麗なる遺産」(09年)で大成功し、韓国の国民的女優にまで上り詰めました。そして、10年に「トンイ」の主演を演じることになったのです。韓国ドラマをガッツリ見ている人からすれば、「ハン・ヒョジュが『トンイ』で有名になった」といわれると納得いかない方も多いと思うのですが、「トンイ」は時代劇で、これまでに韓国ドラマとは無縁だった男性にも興味を持ってもらえるようになり、その結果、多くの人に認識されるようになったわけです。  


 キャスティングは、「『華麗なる遺産』での明るくて健康的な雰囲気が気に入った」という脚本家キム・イヨンの強い希望からだったそうです。イ・ビョンフン監督は、ハン・ヒョジュの年齢が若いということを気にしていたようですが、会ったら気に入ってしまい起用したそうです。その期待を裏切ることなく、ハン・ヒョジュは、前半は活発に動き回るおてんば娘、後半は後に王となる息子を育てる凛とした母親を好演しました。宮中内の政治問題に巻き込まれながら、前向きに生きていく姿や、時折見せるさわやかな笑顔に癒やされた方も多いことでしょう。笑顔をいえば、彼女は高校2年生の時に、「ミス・ピングレ(にっこり)選抜大会」で優勝した経歴の持ち主なので、にっこりと笑った顔に魅力があるのは、当然のことかもしれません。

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 もう一人の女性は、「トンイ」のモデルとなった淑嬪崔氏(スクピンチェシ)です。粛宗(スクチョン)と仁顯(イニョン)王妃と張禧嬪(チャンヒビン)と淑嬪崔氏の話は、これまでにたくさん描かれたてきました。韓国の人なら誰もがもよく知っている話ですが、歴史書でも多くが記録されていなかった淑嬪崔氏の話は、「トンイ」が放送されるまでは、ほとんどの人が知らなかったといいます。「トンイ」の淑嬪崔氏は、粛宗の寵愛を受けた女官、仁顯(イニョン)王妃と仲が良かった、第21代王・英祖の母親であること以外は、フィクションで描かれました。

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本作では、とても好印象に描かれていましたが、実は、張禧嬪を自害に追いやったのは、淑嬪崔氏だった!という話もなきにしもあらずで、張禧嬪の視点で描かれた作品の中には「チャン・オクチョン 愛に生きる」(13年)のように、淑嬪崔氏が超悪者として描かれる作品もあります。また、トンイが都から逃げた時に知り合った両班のシム・ウンテクは、実在する金春澤(キム・チュンテク)がモデルで、二人は恋仲であり、のちに英祖となった王子は、二人の子どもだった!というウワサも宮廷内にはあったそうです。


「トンイ」を見た後に、そのような話を聞いたり、そのように描かれた作品を見てしまうと、「違う!淑嬪崔氏は、そんな人ではない!」と抗議もしたくなりますが、何度も映画やドラマ化されてきたテーマだけに、いろんな角度から新しい視点で描かないと高視聴率獲得にはつながらないという制作陣の苦労もわかる気がします。

 

  「トンイ」特集ページはこちら!   

 

 引き続き放送をお楽しみ下さい。

 文 / 露木恵美子

 

韓国歴史ドラマを100倍楽しむコラム!連載スタート!

2014.05.02

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チャンネル銀河で放送中の韓国歴史ドラマを100倍楽しむために知っておきたいトリビアを
韓国取材歴12年の編集者・露木恵美子さんが、5つのポイントでご紹介! 
 
~ポイント① 医女と女官はどっちが偉い?~

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 「冬のソナタ」から始まった日本での韓国ドラマブーム。今では、高句麗、新羅、李氏朝鮮王朝時代などを描いた韓国歴史ドラマにまで、その人気は及んでいる。その火付け役となったのが、「宮廷女官 チャングムの誓い」だ。16世紀初頭の朝鮮王朝を舞台に、宮廷に入ったヒロイン・チャングムが、王から“大今長(偉大なるチャングム”の称号をもらうまでの波乱に満ちた半生が描かれている本作。日本初放送されてから10年経った今もなおTVで放送され、ドラマの中に登場した宮廷料理のような、上品な韓国料理を好む人々が増えていくなど、相変わらずの人気を誇っている。日本の時代劇に比べると、衣装や小道具の色使いが華やかで、それらを身に着けた美女たちの登場にホッコリさせられるが、一方では主人公が次々と困難を克服していく姿がスピーディに描かれ、「次週はどうなるの?」と思わせるハラハラドキドキな毎エピソードに、どんどん惹きつけられていく。

 物語の前半は、チャングムが王の食膳を準備する台所=水剌間(スラッカン)で身分の高い尚宮(サングン)を補佐する役割を担うが、一度奴婢へと降格する。後半は、医学に関するずば抜けた情報量と正義感で、医女となって再び宮廷へ戻り、王を診察するようになっていく。医者といえば、今の時代、社会的地位が高いが、男女の立場の違いが明確だった当時の宮廷では、男性の医師が直接女性を診察することは禁止だった。人の体に触れる職業は卑しいとされていたため、医女制度が誕生した。医女は賤民・奴婢階級から選ばれ、小さいころから修行を積み、女性皇族や女官たちを診察するようになった。医女として宮廷の女官になったとしても、奴婢であることには変わりはなく、他の女官たちの方が位が上で、彼女たちの言うことを聞かなければいけなかったという。

 当時の宮廷には、様々な部署があり、主に男性が勤務する内禁衛(ネグミ)(王の護衛隊)や内医院(ネイウォン)(宮廷で診療を行う所)ほか、水剌間(スラッカン)や退膳門(テソンカン)(食膳を配膳したり下げたりする所)など、女性が請け負う仕事が数多く存在した。女官は全員王の女とされ、他の男との恋愛は許されなかったが、王の寵愛を受け、子供を身ごもれば、側室に出世することもあった。女同士が嫉妬し、張り合うところは、江戸時代の大奥と似ている。「宮廷女官 チャングムの誓い」は、武力を使った男たちより壮絶で、女たちのプライドを懸けた縄張り争いも面白いポイントでもある。
 
 
 
~ポイント② 女官になる倍率は?~
 
  50%の視聴率を超え、韓国内だけではなくアジア中で大ヒットした「宮廷女官 チャングムの誓い」。「朝鮮王朝実録」の「中宗実録」に、チャングムが王の主治医を務めたとされる記述からヒントを得て作品が誕生した。時代劇の巨匠と呼ばれるイ・ビョンフン監督作で、本作によって、チャングムは誰もが知る人物となった。「ホジュン宮廷医官への道」で成功を収めていたイ監督は、医療に関する似たような物語に差別化を図るために、「~チャングム」には、“飲食”を付け加え、水刺間(スラッカン)で積み重ねた経験が、腕のいい医者に成長することに役立てるという設定にしている。
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 朝鮮王朝時代には、王族、身分階級の最上位に位置する貴族階級の両班(ヤンバン)、その両班と常民の中間に位置し、科挙の雑科に合格し技術系官職の中人(チュンイン)、農民、商人、手工業などに携わる常民 (サンミン)、奴婢(ノビ)、白丁(ペクチョン)などの賤民(チョンミン)といったピラミッド状の厳しい身分制度が敷かれていた。宮殿には、多くの女官が働いていたが、それぞれが専門職を持ち、全員が王と婚姻関係があるとみなされていたため、生涯を独身で過ごしたそう。女官になるには、幼いうちに宮廷に入り、まず見習い(センガッシ)として約1015年の間、働きながら知識を養い、厳しい試験に合格して一人前の内人(ナイン)に なっていった。宮廷に入ってから30数年が経ち、相応しいとみなされたものがけが、宮中の中で最も身分の高い尚宮(サングン)の地位が、側室以外の女官では、最高位の位階である正五品(チョンオプム)が与えられ た。ちなみにドラマでは、水刺間(スラッカン)のまとめ役のことを最高尚宮(チェゴサングン)と呼んでいたが、ドラマが作った設定であり、実際には存在しなかったそう。こうやって長い時間を経ないと、尚宮までになることができないことを考えると、女官は優秀であることはもちろんだが、忍耐力も兼ね備えていることがうかがえる。
  
 
 一方、医女になるのもそれなりの苦労が。チャングムは王よりテジャングム(=偉大なるチャングム)という称号をもらっているが、実は朝鮮時代の医女というのは、身分の低い奴婢しかなれなかった。第1回のコラムで紹介した通り、儒教を重んじ、男女の立場が明確に分かれていた朝鮮時代では、男性の医者が女性を診ることは禁じられていたため、医女制度が誕生した。それでも身分の高い女性は好んでする仕事ではなかったという。医女制度は、第3代王・太宗(テジョン)が、奴婢の幼い少女ばかりを数十名集めて、医薬、鍼灸などを教えたことから始まったとされる。ドラマでは、女官だったチャングムが、奴婢に降格して、宮中に戻るために医女になる姿が描かれていくが、水刺間(スラッカン)で学んだ様々な食に関する知識を披露し、数々の試験を合格して医務官たちを驚かせ、その地位を脅かしていった。実際には、チャングムがどのような経過を経て、医女になったか詳しい記録はほとんど残されていないが、王に信頼され治療を任された非常に優れた女性であったことは推測できる。
 
 
写真:景福宮
 Photo by (c)Tomo.Yun
http://www.yunphoto.net/

 

~ポイント③ 韓国料理と銀食器の謎とは?~

宮廷女官 チャングムの誓い」では、画面から香りが漂いそうで色味が鮮やかな宮廷料理がたくさん登場し、焼肉、冷麺、唐からし、辛い!だけが韓国料理だけでないということを教えてくれた。食材を生かした健康的な料理は、多くの女性の心をつかみ、今では韓国料理教室に通う人も増えている。
 
 韓国では、健康的な食生活を送るには五味五色が必要だと昔から言われている。五味とは、「辛味・甘味・酸味・塩味・苦味」、五色とは、「青・赤・黄・白・黒」のことをいう。五つの色の食材を5種類の味に味付けした料理を食べることは、バランスのとれた健康に気を使った食生活が送れるという薬食同源の考え方である。水刺間(スラッカン)では、王の食事を作る厨房ということで、常に五味五色や薬食同源に基づいた体に優しいシンプルな味付けの食事が作られていた。まだ唐辛子が朝鮮半島に渡ってくる前の時代だったので、今のような辛さの強調された料理ではなかったという。また、医女という記録しか残っていなかったチャングムを、こういった薬食同源の知識を持った医女として描いたことは、想像ではあるもののそれほど遠いものではなかったように感じる。
  
 現在でも食べられている宮廷料理はいくつかあり、参鶏湯(サムゲタン)はその代表である。鶏のおなかに、もち米、にんにく、なつめ、栗、高麗人参などを詰めて煮込んだもので、専門店もあるほど人気の一品だ。土yun_11752.jpg の丑の日には、日本ではウナギを食べる習慣があるが、韓国では、この参鶏湯を食べる習慣がある。滋養強壮や風邪予防に効果があり、夏ばてした体によいとされている。  
 ドラマの中では、盛り付けにもこだわりを見せていて、食器などにも興味が沸く。朝鮮時代の 宮廷では、銀食器や銀の箸など、銀製品が食事の際に使われていた。王座をめぐって陰謀が渦巻いていたので、王は常に命が狙われていた。銀製品を使ったのは、万が一、王の食事に毒が盛られていた場合に、すぐに色が変色する銀の力を頼ったといわれている。現在もこの名残は残っていて、韓国料理屋に行くと、ステンレスの入れ物に入ったご飯、箸、スプーンと出合うことができ、古の文化を体験することができる。 
 
 今年の夏、暑くて食欲がないなと感じたら、ぜひ、参鶏湯を食してみてほしい。そして一緒に出される食器類にも注目していただきたい
 
 
写真:参鶏湯サムゲタン
 Photo by (c)Tomo.Yun
 
 
~ポイント④ ドラマに描かれた王朝の裏とは?~
 
 韓国で大ヒットした「宮廷女官 チャングムの誓い」。これまでにあまり描かれなかった女性のサクセスストーリーに、食と医学という興味深い内容を盛り込んで、平均視聴率は47%、最高視聴率57%という韓国TVドラマ史上に残る記録を打ち出した。フィクションではありながら、ところどころに史実に基づいた出来事をストーリーに盛り込み、視聴者を楽しませた。本作では、主に第11代王・中宗(チュンジョン)の時代が描かれた。歴史書の記録によると、チャングムの生没年不詳。そのチャングムの幼少のころをどう面白く描くかは、脚本家の腕の見せどころであった。

 中宗が王になるまでは、歴史的にもドラマチックな出来事がいくつかあった。父親である第9代王・成宗(ソンジョン)の時代、王と第2王妃ユン氏の間には、燕山君がいた。ユン氏は王の寵愛を受けていたが、嫉妬深かったため、王と他の側室の毒殺をたくらんだ疑いや、王の顔を引っかいたことが決め手となり廃妃となる。宮廷から追放されたが、目に余る素行不良により、1482年、王は賜薬を下した。成宗は自分の死後100年は、廃妃ユン氏を賜死したことは公にしないよう遺言を残したが、後に第10代王となった燕山君が、母親の死因を知ってしまい、それに関わった人物を捕らえて処刑している。この事件を甲子士禍(こうししか/カプチャサファ)といい、ドラマでは、チャングムの父親がその現場に立ち会った武官として描かれている。

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 その後燕山君は、国防の強化、貧民の救済、書籍の刊行などをしていたが、次第に多数の妓生と遊興し、それを注意する功臣を処刑するなど、悪行が目立ち始めた。その暴政に堪えかねた臣下たちはクーデターを計画。1504年、燕山君は失脚し、異母弟の晋城大君(チンソンデグン)が中宗となった。この事件を中宗反正(ちゅうそうはんせい/チュンジョンバンジョン)と呼ぶ。ドラマでは、臣下から晋城大君への連絡係として、チャングムは酒を運んでいる。宮中に上がれる身分ではなかったチャングムは、そこで王に女官になりたいと直訴もしていた。

 王になった中宗は、燕山君が壊した儒教の復興に力を入れていった。朱子学を修めた科挙官僚である士林派(しりんは/サリムパ)を復活させ、趙光祖(チョ・グァンジョ)をリーダーにし、農村社会に儒教を普及させた。しかし、第7代王・世祖(セジョ)の勲臣とその子孫からなる勲旧派(くんきゅうは/クングパ)の反発により、再び士林派は弾圧されてしまう。宮廷の権力者として描かれていた勲旧派のオ・ギョモは、架空の人物だが、実在した文官で改革家の趙光祖は、オ・ギョモのセリフで名前がたびたび登場している。「宮廷女官 チャングムの誓い」は、実はこのオ・ギョモ、チェ尚宮一族の勲旧派とミン・ジョンホ、ハン尚宮、チャングムたちの士林派の壮絶な権力闘争繰り広げられたドラマともいえる。

写真:景福宮の正殿
Photo by (c)Tomo.Yun
 
 
~ポイント⑤ 服や髪型は身分を示す?~
 
 「宮廷女官 チャングムの誓い」をはじめとした韓国の歴史ドラマでは、ドラマチックなストーリーだけではなく、色鮮やかな韓服や装飾品などにも刺激される。メインビジュアル縦2_1154.jpg
 
 韓服と呼ばれる民族衣装の歴史は、高句麗時代の王と貴族の墓の中の壁画に残されていたことから、高句麗、百済、新羅の三国時代から始まったといわれている。当時、女性たちは男性と同じチョゴリ(上着)とパジ(ズボン)を着用していたが、儀礼などでは、パジの上からチマ(スカート)を着て、美しさを表現したという。初期のころのチョゴリは、長かったが、朝鮮時代に入り、少しずつ短くなっていった。また、王や王妃の召し物には、刺繍が施されていたり、未婚の娘が赤色のチマに黄色のチョゴリを着るなど、朝鮮時代は韓服の色で身分や年齢も表していた。庶民は白色民族と呼ばれ、白地を使ったものが多かったが、上流階級の人々は、鮮やかな色味を好んだという。顔料がなかった時代だったため、反物は中国から買っていたのでは?ともいわれている。 
 
以前の時代劇では、女官たちは、薄いピンク色のチョゴリに藍色のチマが多かったが、「宮廷女官 チャングムの誓い」では、ガラリと変わった。これは、主演のイ・ヨンエに一番似合う色が緑だったため、水刺間(スラッカン)の女官や医女たちの衣装の色を変えたという。女官見習いのチャングムは、緑のチョゴリに藍色のチマ、女官になったチャングムは琥珀色のチョゴリに藍色のチマ、医女になってからは、薄い緑のチョゴリに藍色のチマを着ているのが印象的だ。 ノリゲというチョゴリにつける装飾品は、昔から階級を問わず、女性たちに愛されていた。恋愛禁止だった女官たちは、恋愛をする代わりに、こういった装飾品を集めたりしたという。「~チャングムの誓い」では、父の形見としてチャングムが大事に保管している。 また王妃や尚宮クラスになると三つ網を頭に巻いたような髪型などでも身分がわかるようになっていた。これはカチェといわれるカツラで、4~5キロもするものもあったそう。朝鮮時代後期に入ると、それが腰に負担がかかり怪我する人が多いということで、第21代王・英祖の時代には禁止になった。 
 
一方、男性にも、見れば官位や役職までがわかるほど、外見にはこだわりがあったという。冠は笠は、カッと呼ばれ、服装とともに「経国大典」(朝鮮時代の政治の基準になった法典)で細かく定められていた。よくTVで見かける両班がかぶっている、縦に長く、翼のある被りものは、カッの一種で、その横からぶら下がっている数珠のようなものをカックンという。その素材だけで身分がわかったそうだ。 時代劇の華やかな身なりは、一視聴者として見るには楽しい。しかし、暑い夏や極寒の中、撮影する俳優たちには相当なの苦労があるようだ。必ずといっていいほど、俳優たちは、その苦労をインタビューなどで答えている。
 
 
 
引き続き放送をお楽しみ下さい。
 
 文 / 露木恵美子

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