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街道をゆく第41話 横浜散歩

幕末、明治、そして戦後と横浜は国際的な「直撃を受けた」と司馬さん。それまの小さな漁村が、1858年の日米通商条約によって海外との窓口になりました。「関内」の吉田橋は日本で最初に造られた鉄の橋、そこから馬車道が港の方に伸びて明治時代から貿易商社が並んでいました。
新港埠頭の赤レンガの倉庫、その屋根の避雷針が「教会の塔」のように見えます。幕末、長州藩が下関戦争を起こし、幕府はアメリカ、イギリス、オランダ、フランスに合わせて300万ドルの賠償金を払いましたが、アメリカは、賠償金を返してきました。その返還金で新港が造られたのです。山下公園前の氷川丸、昭和5年に就航したシアトルとの定期客船でしたが、太平洋戦争では傷病兵や引き揚げ者を運びました。司馬さんは船内で、最後の船長だった水谷勝二さんと会い、「久しぶりに明治の士族的気骨を西欧のマナーで磨き上げた人格に接して快感を覚えた」と書き残しています。

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横浜散歩 旅程地図

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  • 街道をゆく 21巻

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    神戸・横浜散歩、芸備の道

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