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街道をゆく第46話 北国街道とその脇街道

古代、「越」といわれたところは、今の福井県から新潟県に及ぶ地方です。司馬さんは、琵琶湖の海津から敦賀を経て武生まで、そして北国街道を木ノ本まで南下しました。越の産物は、敦賀から海津に、そこから琵琶湖を船で京都や大阪に運ばれました。鉄道が出来てこの流通路は廃れました。滋賀と福井の県境の愛発(あらち)の関、古人にとって「越」の国への入り口でした。白浜に松林が広がる敦賀、1864年、水戸藩・元家老武田耕雲斎ら「天狗党」8百数十名は、攘夷を訴え挙兵し京都に向かいました。しかし同じ水戸藩の一ツ橋慶喜の幕府軍に包囲されて、ここ敦賀で捉えられて350人余りが処刑されました。彼らが閉じ込められた鰊倉が今も港の近くに残っています。この過酷な処置を決めた田沼意尊について司馬さんは、「幕、滅亡の表」と記した大久保利光の日記を引用して非難しています。越前海岸、杉津(すいづ)の海岸が「日本で最も美しい浜」と司馬さん。福井県武生市、奈良時代、国府が置かれ江戸時代は本多氏の城下町として栄えました。羽衣伝説が残る余呉湖の「新羅の森」。余呉湖の南にある賎ケ岳は、1583年、羽柴秀吉と柴田勝家が信長の後継者を争った地。司馬さんは勝利した秀吉の「ザット済ンダ、柴田メガ、青々ト出タルゾ」という言葉を思い出し、旅を締めくくりました。

旅程地図

北国街道とその脇街道 旅程地図

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