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街道をゆく第47話 肥前の諸街道

世界史の大航海時代、入江が入り組んだ肥前は、「紅毛南蛮」に開かれた窓でした。筑前、今の福岡市今津から旅を始めた司馬さんは、まずフビライの元軍17万が、1274年、81年と二度、襲来した浜辺を訪れました。唐津街道を西へ、佐賀県呼子町の港は「元寇の乱」の時、水軍「松浦党」(まつらとう)の基地になりました。古代の遣唐使船の寄港地、そして南蛮船に始めて開かれたのが平戸島。代々平戸を収めてきたのが松浦城を築いた松浦氏です。25代目当主・松浦動可(まつらどうか)は、海賊行為から手を引き、南蛮貿易で利益を得ましたが、ポルトガル人にキリスト教への入信を勧められます。しかし、動可は拒み続け、業を煮やしたポルトガルは貿易港を横瀬浦に移します。領主の大村純忠はキリスト教に入信し、初のキリシタン大名になりました。しかし開港から2年後、純忠のキリシタン政策に対して反乱が起き、ポルトガル人は再び貿易港を捜さなければならなくなり長崎を頼りました。長崎は南蛮貿易とカトリック教の一大拠点になりましたが、キリシタン禁制と鎖国政策が強化されて南蛮の「異風」は絶えてしまいました。司馬さんは、「カトリック教という世界宗教が禁教されることなく、そのまま居座っていれば、世界の普遍的なものがたえず
注入されて、その後の日本社会の矮小化が少しは免れたのではないか」と述べています。

旅程地図

肥前の諸街道 旅程地図

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