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安野光雅さんが司馬遼太郎さんへの想い、「街道をゆく」を語る

― 司馬さんのように生きたい。白髪になりたいとまで思いました(笑)。

絵画:淡路島
淡路島/安野光雅画

—司馬さんの最初の印象は?

はじめて会ったとき「安野さん、よろしく頼むよ」と言って握手をしにきてくれたんです。
司馬さんはものすごくえらい人なのに、何だかとても安心しました。
これから一緒に仕事ができるのがうれしい、楽しくなりそうだと思いましたね。

—緊張はしましたか?

最初は気を使ってしまいました。でも、いつの間にか気を許して何でも言えるようになりました。
とても親しみやすい雰囲気を持っている人なんですよ。

写真:安野光雅さん
安野光雅さん/文京区・本郷界隈にて

—司馬さんはどんな方でしたか?

司馬さんはノーベル賞をとってもおかしくない程、えらい人なんです。それを本人に言ったら、「俺はノーベル賞なんてものはもらえないんだよ。だって日本語で書いているんだもの」と言われました。
地位とか名誉に関心がない人なんですよ。もっとえらそうにしてもいいのにね。締め切りもちゃんと守るし(笑)。

—人間が大きい方なんですね。

そうです。それにたいへん思いやりのある人でした。気配りとかも意識しないでできるんですよ。天性のやさしさがあるという感じでしたね。

—「街道をゆく」はどんな番組でしたか?

俗に言う紀行文なんですけど、おいしい物が食べられるお店とか歴史的な遺跡などを羅列的に紹介するだけのものとは全然ちがいました。
現代を歩いているけど、歴史の世界を歩いているような気持ちになるんです。ちょっとキザな言葉で言うと、司馬さんの紀行文は時空を超えているんですよ。

絵画:美作市宮本
美作市宮本/安野光雅画

—司馬さんと現場を歩いてみてどうでしたか?

司馬さんは現場を歩く人であると同時に、書物の中に埋まっている人でもありました。というのは、本郷なら本郷、名古屋なら名古屋で、訪れる前によく本を読んでその土地についていろいろ調べてくるんです。
そして、調べたことが本当かどうかを現地へ行って確かめるという感じでした。

—撮影現場でのエピソードは?

僕たちが夕飯を食べていると、大勢の人が何かと理由をつけて集まってくるんです。そして、みんな聞き耳を立てて司馬さんの話を聞いていました(笑)。

写真:樹齢600年の巨樹を描く
樹齢600年の巨樹を描く/文京区・本郷界隈にて

—それは毎日?

そうです。日替わりでちがう話をするんですけど、どれも本当におもしろいものでした。
なんで司馬さんは、次から次へと話題が出てくるのか不思議でしたね。

—楽しそうな現場ですね。

6年という長い間だったんですけど、あまりにもおもしろかったので短く感じました。

—安野さんにとって司馬さんとの出会いとは?

幸運にも、僕は素敵な方々にお会いする機会がたくさんありました。
もちろん司馬さんはその中の一人。いろいろなことを教わったり、触れたりしたことが、僕の人生にとってとても大きな経験でした。
だから、司馬さんのように生きたいと思いましたね。当時、僕は黒髪だったので、司馬さんみたいに白髪になりたいとまで思っていたんですよ(笑)。

写真:18年前、司馬さんと訪れた同じ場所で
18年前、司馬さんと訪れた同じ場所で/文京区・本郷界隈にて

—安野さんを司馬さんだと思って話を聞く人がいるそうですね。

司馬さんはどう考えてどう思っていたのか、みなさん興味があるんです。
だから、長い間一緒に仕事をしていた僕に話をしてほしいんだと思います。
でも、司馬さんが本当に考えていたことは、僕の口からは言えない。本心は、たとえ僕でもわからないんですよ。

—司馬さんの考え方が求められる時代なんですかね。

いわゆるバブルがはじけた時代を、「峠は越えたかな」と言って予言していました。高度成長を続けてきて、あとは下がるしかないと考えていたんです。
先見性があるんですよ。
だから、「二十一世紀を生きる君たちへ」という本を残してくれましたけど、いまになってみると思い当たる節の多い、示唆に富んだ内容になっていますよね。

—司馬さんの作品を観る人にメッセージは?

どのように観てほしいということはありません。
ただ、司馬さんは、作品に込めた想いがちがった解釈にとられることを、心配していたと思います。
だから、この想いだけは大事にしたい。司馬さんの気持ちが素直にみなさんへ伝わってくれればいいなと思っています。

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