

1960年代に起こったロックの革命は、ポピュラー・ミュージックにアート・ロックという新しい方向性を与え、その後のロック・シーンに多大な影響を与えた。ピンク・フロイド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、デヴィッド・ボウイらの初期の活動から、ピンク・フロイドが1981年に行ったライブ・パフォーマンスに至るまでの軌跡をたどる。 1967年、ある大手レコード会社がやがてロックに革命をもたらすバンドと契約を交わす。その名は、ピンク・フロイド。美術学校出身のシド・バレットに率いられた彼らは、ロックに新たな流れを生み出した。 また、音楽にアートと映像を融合させた、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとアンディ・ウォーホルは、ロックの可能性を広げた。

1970年代のロンドンとニューヨーク。経済が停滞する両都市で、シンプルで力強いメッセージを放つバンドが登場した。 先駆けとなったのは、1974年にニューヨークで結成したラモーンズ。短い曲と単純明快な歌詞で若者を熱狂させ、パンク・スピリットの礎を築く。ロンドンでは、セックス・ピストルズが誕生し、体制を公然と批判する歌詞と傍若無人なパフォーマンスで人気を集める。また、パティ・スミスはそれまでの女性に求められていたイメージを打ち破り、独自のカラーで欧米を席巻する。 ピストルズに衝撃を受けて誕生したのが、ザ・クラッシュ。やがて彼らは典型的なパンクを離れ、正統派ロックの道を歩み始める。そして、世界に名だたるバンドへと成長と遂げる。

1960年代後半、イギリスの工業都市バーミンガムで、4人の若者がブラック・サバスを結成。ヘビーなサウンドと印象的なギターのリフで、ヘビーメタルというジャンルを築いた。 1970年代に入ると、サバスの流れをくんだディープ・パープルが登場、数々のヘビメタバンドが活躍した。ジューダス・プリーストのボンディングなど過激なファッションは当時の若者たちの心をとらえた。しかし、ファンが銃で自殺を図る事件が発生。歌詞が自殺を助長したのではないかとしてメンバーが裁判にかけられるが、判決は無罪となり、表現の自由が認められる形となった。 ヘビメタは悪魔崇拝を助長するとして社会の批判を浴びたが、商業的には成功を収めた。

1970年代にアメリカで火がついたロック・ブームを機に、ロックは巨大ビジネスへと発展していく。巨大ビジネスの象徴ともいえるスタジアム・ロックに焦点を当て、観客を盛り上げる場であったステージが、いかにして社会にメッセージを発する場に変わっていったのか、その変遷をたどる。 イギリスのバンド、レッド・ツェッペリンは、渡米からわずか数年後には5万人を超える観客の前で歌っていた。クイーンは、迫力あるパフォーマンスと耳に残るメロディで大観衆をとりこにし、スタジアム・ロックを代表する存在になった。また、労働者階級の心の叫びを歌ってきたブルース・スプリングスティーンも、巨大ビジネスの渦に巻き込まれていった。80年代に入り、ロックは黄金時代を迎える。アメリカの音楽業界が空前の好景気に沸く中、イギリスのボリスやダイアー・ストレイツなども、桁外れのメガヒットを飛ばす。 しかし、ミュージシャンたちは、金儲け一辺倒になったしまったことに罪悪感を抱き、ほかに何かできることはないかと思案し始める。そして、1985年、世界規模のチャリティーコンサート「ライブ・エイド」が実現した。

1980年代から1990年代、アメリカでは、太平洋側の北西部を中心に、パンクの流れを受けたオルタナティブ・ロックの時代が訪れていた。オルタナティブは産業ロックとは一線を画する形で、カレッジラジオを中心に徐々に存在を大きくしていった。そして、産業ロックに飽き足らない若者に熱狂的に受け入れられていったのである。 マイケル・ジャクソンやマドンナといったMTV流の甘いロックに飽き足らない若者に支持されたのが、思春期のやり場のない怒りや混乱を短いフレーズで表現したブラック・フラッグやR.E.M.だった。やがて、メジャーレーベルとは無縁だったR.E.M.がヒットを放ち、彼らのオルタナティブ・ロックがビジネスになることを証明する。 シアトルを中心に活躍していたのが、カート・コバーンを中心とするニルヴァーナ。やがて、斬新なサウンドで定評があったピクシーズからインスピレーションを受けたニルヴァーナは、「ネバーマインド」で才能を開花させ、全米チャート1位となる。しかし、うつ病と薬物中毒に陥ったカートは、94年に27歳という若さで自殺。オルタナティブ・ロックはその地位を獲得してわずか3年後、もっとも象徴的な存在を失ったのだった。

1980年代から90年代のブリティッシュ・インディー・ロックは地方都市マンチェスターで芽生えた。1983年、BBCの音楽番組に初出演したザ・スミスは、ボーカルの突飛なパフォーマンスとギタリストの卓越したテクニックで話題となる。1987年、スミスの解散と時を同じくして、インディー・ロックにサイケデリックな要素を加えたストーン・ローゼズが登場。 さらにオアシスも誕生する。ビートルズのメロディ、セックス・ピストルズのパワー、ストーン・ローゼズのクールさを併せ持ち、若者たちの気持ちを等身大で歌う彼らにファンは熱狂した。オアシスが国中をツアーで回るようになった頃、ロンドンで生まれたスウェードが注目を集め、彼らの後にブラーが続く。学生や若い労働者に支持されたオアシスとブラーの人気でインディー・ロックは音楽シーンの主流に躍り出る。 21世紀になると、インディーの原点に戻るような、リバティーンズが活躍。2005年頃には、ロックの新時代の到来を感じさせる、アークティック・モンキーズや、フランツ・フェルディナンドなどが人気を博すようになった。 ロックが誕生して50年余り。様々な変化と遂げながらも、ロックは人々を惹きつけてやまない。









1960年代初頭のイギリスで、若者たちはアフリカ系アメリカ人の音楽、ブルースに衝撃を受ける。社会不安が高まる中、若者がブルースから生み出された新たなリズムと斬新な音楽に乗せて自らのメッセージを発信し、伝説のバンドが次々と誕生した。 ブルースのカバー曲でブレークした、ザ・ローリング・ストーンズは、反抗的な態度とセックスを散りばめた独自の世界を作り上げ、熱狂的な支持を得る。ザ・フーは若い世代の欲求を爆発させた攻撃的な曲と、楽器を破壊する荒々しいパフォーマンスで聴衆を圧倒。クリームは、サイケデリックなサウンドでロックに芸術性をもたらした。 イギリスの勢いはアメリカに波及し、フォークソング界の英雄だったボブ・ディランにも多大な影響を与える。 アメリカはベトナム戦争に苦しみ、ヨーロッパは混沌した60年代後半、若者の平和と愛のメッセージがロックに乗って世界に流れた。