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真田太平記 あらすじ

信濃の一豪族でありながら、過酷な戦国乱世を生き抜いた真田一族。
上杉、北条、徳川と力のある武将が居並ぶなか、いかにして戦国の世を生き抜いたのか。

知略の限りを尽くし真田家の興隆を図る、父・昌幸。
勇ましく自由に戦場を駆け、後の世にも名を残す弟・幸村。
そして、真田の命脈を保つために、父と弟と袂を分かち、徳川家のもと険しい試練の道を選んだ嫡男・信幸。

真田親子の壮絶な生きざまと、親と子、兄と弟をめぐる愛と葛藤のドラマを、忍びの者たちの活躍とともに描く。
同年、ギャラクシー賞(奨励賞)を受賞。1985年制作、45分番組、全45話

※新大型時代劇とは・・
NHKで、大河ドラマのスケールで制作された長編時代劇。当時は水曜夜8時に放送された。

制作エピソード

第三回

紀州九度山に蟄居させられ、無念のまま世を去る昌幸。その遺志を継いで幸村はついに大坂城で決戦の時を迎えます。

実はこのドラマで、「あれ?」と思ったことがありました。
「丹波さんがセリフをスラスラとしゃべっている!」 もちろん俳優なら当たり前ですが、業界で丹波さんと言えば『セリフを覚えて来ない人』として誰知らぬ者がない存在。なので、長ゼリフの時はカンペを見ているのが微妙な目の動きでわかってしまうことも。

しかし「真田太平記」に限っては、そんな様子がないではありませんか!制作スタッフに聞くと、やはり丹波さんは事前にセリフを覚えて来る事はほとんどなかったそうなのですが、何と信幸役の渡瀬恒彦さんが昌幸のセリフまで暗記し、リハーサルで丹波さんが詰まると、プロンプターよろしく全てフォローしていたのだそうです。

渡瀬さんにそこまでされたら、丹波さんも覚えないわけにはいきませんよね。そして何度かリハーサルをくり返すうちセリフも入り、本番に臨む時には長ゼリフも見事言えるようになっていた! ということなのです。

原作の小説でも、昌幸はデキの良すぎる信幸に頭が上がらない…という描写が出てくるのですが、まさにそれを地でゆく丹波・渡瀬ご両人のエピソードです!
また丹波さんは全ての女性出演者に、ちょっかいを出し場を盛り上げる…という点でも、昌幸を地で行っていたそうです。

セリフを覚えて来なくても、遅刻をしてきても、オチャメで憎めずスタッフに愛された丹波さん。数多くの作品で活躍されましたが、その中でも、この「真田太平記」は間違いなく丹波さんの代表作だと思います。
(放送作家・中村結美)


第二回

ドラマもいよいよ中盤。朝鮮出兵、秀吉の死を経て、豊臣家と徳川家のパワーバランスが逆転していきます。

「徳川の下、天下が落ち着いてしまっては、真田が世に出る機会は無くなる」と勝ち目がなくても家康相手に一暴れしたいと考える父・昌幸。

真田の名を残すためには徳川につかねばと主張する信幸。
親子はついに袂を分かち、東西両軍に別れることになります。

そんな状況の中、又五郎、お江ら草の者は、一発逆転を狙って家康暗殺を企てます。
その白眉とも言えるのが、第25回。長良川を渡る家康をお江が襲撃する場面です。

実はこの「真田太平記」、水曜時代劇の枠であったため大河ドラマのような制作費はなく、そのため馬の数にもセットにも制限があり、それをカバーしているのが、ミニチュアセットと当時最新鋭だったデジタル合成でした。
お気づきでしょうか?お城は全てミニチュア。

そこから駆けだしてくる馬や人は全て合成です。
でもこのお城が、フルCGではなく大学の工学部の人達が手作りした模型であることが、何とかも言えないぬくもりを醸し出し、戦いの度に仮普請で作られていた戦国時代の城の雰囲気を良く現していると思うのです。

それでも長いカットを見せるとボロが出てしまう…ということで、どんなに手間がかかっていても、5秒以上は見せないように編集していたそうです。

そして長良川の家康襲撃。この回の完成プレビューが終わった時、制作陣は「こんなに金をかけて!後の予算はどうするんだ」と上司から叱られ、ニンマリしたとか。

なぜなら、実際に船を組んで橋を造ったわけではなく、全てミニチュアとの合成だったのに見事だましおおせたからです。

ちなみに、お江が行列の人々の頭を踏んで家康に迫るシーンも合成です。
今だったらワイヤーアクションで撮影するところなんでしょうけどね。

(放送作家・中村結美)


第一回

1985(昭和60)年4月、「真田太平記」はNHKの水曜20時の枠に全45回のシリーズで登場しました。

1984~86年にかけて大河ドラマが近代三部作(「山河燃ゆ」「はるの波涛」「いのち」)を打ち出したため、元々は大河ドラマの企画として用意されていた池波正太郎の原作をドラマ化することになったのです。

この時代劇、今回改めて45回を見通しましたが面白い!
従来の大河ドラマとは一味違う、ハンドメイドなぬくもりを感じます。その理由はおいおい、ご紹介していくとして…。

週刊朝日に連載された「真田太平記」は、池波正太郎の「真田もの」の集大成。

信濃の一豪族でありながら、徳川方の大群と二度刃をまじえて打ち負かし、大阪冬の陣では西軍(豊臣方)につき、伝説ともいえる戦ぶりを見せた真田昌幸・幸村親子。
方や、父弟と袂を分かち、徳川からの無理難題に耐え真田の名を残した兄・信之。

「鬼平」を生み出した池波が惚れ込んだのも納得できる、実に人間的でスケールの大きい真田親子ですが、ドラマ作りは、「誰をキャスティングするか?」という悩みから始まりました。

最初に決まったのが丹波哲郎。
実は丹波さん、この小説が大好きで、連載が終わった時、面識のなかった池波さんに「素晴らしい作品をありがとう!」とねぎらいのお酒を贈ったほどのファンだったとか。

なので出演依頼には、「よくぞ私のところに来てくれた」と大喜びだったそうです。
その後、渡瀬恒彦、草刈正雄が決定。

しかしプロデューサー達が頭を悩ませたのが、真田家のために命を捨てて尽くす草の者=女忍者のお江のキャスティングでした。

原作では、“男のように背中が広い”と描写されるお江。
そして池波さんはふくよかな女性がお好きらしい…ということで、白羽の矢が立てられたのが、まだ宝塚に在籍中だった、遥くららさんでした。

実は池波さん、他のキャストに一切注文はしなかったそうですが、「お江は誰がやるんだい?」と気にしていたとか。そして第一回の放送を見て、「いいねえ」と大満足だったそうです。

ちなみに第一回目の信幸・幸村は17歳と16歳という設定。
これには俳優さんたち大テレだったそうですが、渡瀬さんのうぶな少年ぶり、草刈さんの青い野性味、何とも言えない味わいがあって必見!貴重な映像ですよ。

(放送作家・中村結美)



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