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その時歴史が動いた 歴史には、決定的瞬間というものがある。火曜 夜11時 再放送:水曜 朝8時

松平定知(まつだいら さだとも)

1969(昭和44)年NHK入局。
高知放送局を経て、東京アナウンス室勤務。2007(平成19)年12月からフリーに。

【これまでの主な担当番組】

「連想ゲーム」「NHK19時ニュース」「モーニングワイド」「NHKニュース11」など。
「NHKスペシャル」は『世紀を越えて』『中国』など100本以上。
現在「藤沢周平を読む」(ラジオ深夜便)と当番組「その時歴史が動いた」を担当。

各エピソードの解説

志ある者 立ち上がれ ~獄中の出会いが生んだ吉田松陰の思想~
吉田松陰/1859年4月7日

幕末、松下村塾を主宰し、身分の分け隔てなく個性を尊重する教育を行った吉田松陰。近年の研究で、松陰は、獄中で出会った高須久子の価値観に影響を受け、松下村塾を主宰したとされている。幕府を批判し再投獄された松陰は、久子と再会。1859年(安政6年)4月7日、獄中の松陰は、「身分にとらわれず志ある民衆が立ち上がるべきだ」と唱える手紙を書いた。牢獄でのほのかな恋と、新時代を築こうとした物語を描く。

検証・桜田門外の変 ~井伊直弼暗殺、幕末大転換の時~
井伊直弼/1860年3月3日

1860年(安政7年)3月3日朝、徳川幕府の当時の最高権力者、大老・井伊直弼が暗殺された“桜田門外の変”。これまで、幕府の方針に反対した勢力を徹底的に弾圧した“非情の独裁者”として知られた直弼の等身大像に迫りながら、暗殺にいたる推移とその瞬間を詳細にドキュメント。開国を主張し、水戸藩と対立した井伊直弼の暗殺は、幕末動乱の引き金となった。

新選組 ドキュメント池田屋事件 ~近藤勇・突入決断の真相~
新選組 近藤勇/1864年6月5日

1864年(元治元年)6月5日午後10時。幕末の京都で、クーデターを計画した過激な攘夷派の志士を、新選組が阻止した“池田屋事件”が起きた。この事件で、新選組は名をあげるが、同時に、幕末の動乱に拍車をかけることになった。相手20数名に対し、突入した新選組はわずか4人。わずかな人数で、何故局長・近藤勇は無謀とも言える切込みを決行したのか?池田屋を再現したCGを交え、「その時」を追い、近藤の人間像に迫る。

坂本龍馬暗殺事件 ~魔の一瞬が歴史を変えた~
坂本龍馬/1867年11月15日

1867年(慶応3年)11月15日。新しい時代「明治」を目前に、幕末の日本を動かした、坂本龍馬が暗殺された。龍馬は誰に、何故殺されたのか?事件の黒幕は未だに不明で、幕末の大きなミステリーと言われている。これまで注目されなかった資料も含め、龍馬暗殺に関する資料を徹底的に洗い出し、龍馬の運命の日を詳細に再現。

新選組 鳥羽伏見に散る ~旧幕府軍大敗北の真相~
新選組 土方歳三/1868年1月6日

1868年(慶応4年)1月6日。明治維新の行方を決定付けた、旧幕府軍と新政府軍との戦い“鳥羽伏見の戦い”で、旧幕府軍が敗北。土方歳三率いる新選組は、徳川家を助けるべく、運命の戦いに身を投じた。ついに勝機をつかんだと思った土方が見たものは、わが目を疑う大敗北だった。旧幕府軍は、何故決戦に敗れたのか。幕末から明治へと、日本を大きく動かした決戦の瞬間の真相を描く。

奇兵隊決起せよ! 高杉晋作挙兵の時
高杉晋作/1864年12月15日

1864年(元治元年)12月15日夜、幕府打倒を目指す高杉晋作が、長州の保守派に対し、決起した-。幕末、高杉が組織した“奇兵隊”は、幕府軍を打ち破り、明治維新の原動力の一つとなるが、倒幕を主張する高杉に対して奇兵隊は反旗を翻した。そこで高杉は、たった一人で決起しようとする。集まった同志はわずか80人。高杉の奇抜な発想と行動力が、明治維新の扉を押し開け、日本の歴史を動かしたその瞬間を描く。

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