
1969(昭和44)年NHK入局。
高知放送局を経て、東京アナウンス室勤務。2007(平成19)年12月からフリーに。
【これまでの主な担当番組】
「連想ゲーム」「NHK19時ニュース」「モーニングワイド」「NHKニュース11」など。
「NHKスペシャル」は『世紀を越えて』『中国』など100本以上。
現在「藤沢周平を読む」(ラジオ深夜便)と当番組「その時歴史が動いた」を担当。


信長と道三 改革者を生んだ非情の絆
戦国時代の雄・織田信長。日本史上有数の改革者でもあった彼の陰には、師ともいうべき男の存在があった。隣国・美濃の武将・斎藤道三である。「マムシ」と恐れられた稀代の陰謀家・道三と「うつけ(愚か者)」と疎まれた若き信長。希代の陰謀家・道三と信長は運命的に出会い、そのきずながやがて戦国の世に風雲を巻き起こし、新時代を切り開いていく。新兵器の導入、先進的な経済政策による都市造り、そして改革者は時に近親すら裏切る非情の決断をしなければならないことを、信長は道三に学ぶ。しかし、改革を非情な決意で強行する二人を、抵抗勢力が襲う。道三は我が子に殺され、信長も兄弟から刃を向けられ、絶体絶命の危機に直面する。信長は彼の遺志を胸に、桶狭間の戦いや美濃攻めを行い、天下統一に向けて動き出す。信長が美濃を攻略した1567年の「その時」に迫り、若き日の信長と道三、2人の改革者の決断と孤独を描く。ゲスト:小和田哲男(静岡大学教授・戦国史)

羽柴秀吉 なぞの敵前退却 ~賤ヶ岳合戦・勝利の秘策~
1583年4月21日、賤ヶ岳の合戦で羽柴秀吉が柴田勝家に勝利。織田信長が倒れた後、天下の覇権を握り、新しい時代を築こうとした羽柴秀吉。旧勢力の代表、柴田勝家とついに近江・賤ヶ岳で対決の時を迎える。ほとんど裸一貫から出発した秀吉が、才能を発揮し出世できたのは、身分より実績を重んじる信長のおかげだった。信長の死後、秀吉はその遺志を継いで天下を統一し、古い慣習によらない新しい世の中を切り開こうとする。そこに、織田家の重臣で旧来の秩序を重んじる勝家が立ちはだかった。知略によって勝家を追いつめる秀吉に、勝家は信長の妹・お市を妻とすることで対抗する。互いににらみ合う持久戦の最中、秀吉は突然敵前で兵を退いた。天才秀吉の戦略、お市の悲劇、そして秀吉のかなわぬ恋。秀吉が新時代を築く第一歩となった賤ヶ岳の戦いの決定的瞬間を描く。ゲスト:小和田哲男(静岡大学教授・戦国史)

秀吉に天下を取らせた男 ~黒田官兵衛・戦国最強のナンバー2~
織田信長や豊臣秀吉が信頼した最強の軍師・黒田官兵衛。官兵衛は、秀吉が窮地に陥るたびに的確な助言と戦術を与え続ける。しかし、秀吉は彼に脅威を感じ、疎んじるようになる。だが官兵衛の生きがいは天下を取ることではなく、戦術の才能を存分に発揮し、その名を乱世に刻むことだった。官兵衛は、秀吉が自分を疎むのに気づくと、引退し、茶の湯や句会といった趣味の世界に生きようとする。しかし、北条氏との決戦のとき、秀吉は官兵衛を呼び戻す。誰もがナンバー1を目指していた戦国時代、オンリーワンの生き方を貫いた黒田官兵衛。小田原攻めで北条氏を降伏させた、1590年7月5日の「その時」に迫る。

さらば淀殿 お初の決断 ~運命に立ち向かった戦国三姉妹~
豊臣と徳川の最後の戦い、大坂、冬と夏の陣。姉・淀君の嫁ぎ先の豊臣家と、妹・お江の嫁ぎ先の徳川家との戦いではざまに立たされ、両家を取り持とうと奔走した信長の妹の娘・お初。最後の最後まで姉とともに大坂城内にとどまっていたが、最終的に姉と別れ、大坂城を後にする。豊臣と徳川との和平の架け橋であったお初が、豊臣と徳川の共存が不可能であることを悟り、自ら両家をつなぐ糸を断ち切った瞬間を描く。ゲスト:小和田哲男(静岡大学教授)

悲しき女帝 許されざる恋 ~道鏡事件の真相~
奈良時代の天平期。男子に恵まれなかった聖務天皇は、娘の孝謙に仏教政治の発展と皇位継承を託して譲位。孝謙天皇は、一生結婚が許されない悲しき女帝となった。そして、女帝を認めない貴族社会の風潮や、国を二分した藤原仲麻呂との対立を乗り越え、父の願いをかなえる合理的な方法として、僧・道鏡への譲位を考える。だが、これをめぐり、貴族たちは内乱の動きを見せる。孝謙天皇の数奇な運命を追い、769年、道鏡を皇位につける神託が覆ったその時に迫る。ゲスト:里中満智子(漫画家)

日中国交正常化
昭和47年9月25日、中華人民共和国との国交正常化のため、ときの総理大臣・田中角栄が北京を訪れた。しかし、交渉は難航。日本の戦争責任の謝罪をどう表現するのか?中国が認めない台湾との関係を日本はどう清算するのか?4日間を予定した交渉は2日目で暗礁に乗り上げた。そして最大の争点は「日中戦争はいつ終わったのか」という問題に絞られていく。それがなぜ、残り2日の話し合いで合意にたどり着くことができたのか?日中国交正常化交渉の舞台裏を当時の関係者の証言を軸に日中双方の豊富な記録を交えて描く。描く。ゲスト:石井明(東京大学名誉教授)

北方探検 異境の大地を踏破せよ ~間宮林蔵 執念の旅路~
江戸後期、日本人未踏の土地・樺太(サハリン)を調査し、「間宮海峡」の存在を確認した探険家、間宮林蔵。この探検には、重大な任務が隠されていた。間宮に探検を命じたのは、ロシアの蝦夷地攻撃に衝撃を受けていた幕府。当時蝦夷地がロシアから攻撃されるという事件が発生、これに備えるため幕府が未知の地域だった樺太の調査を計画し、蝦夷地の測量で業績を上げていた間宮を抜擢したのである。間宮は極寒の樺太の自然や住民の調査を終えると、ロシアとの境界を見極めるため、アジア大陸にまで足を踏み入れていく。調査を続け、最後には大陸でのロシア進出状況まで把握するに至った間宮林蔵。間宮の探検行の足取りを追い、使命を全うするために続けられた執念の旅路を見つめる。ゲスト:佐々木利和(国立民族学博物館教授)








真田幸村、どん底からの挑戦 ~家康を追いつめた伝説の名将~
今回のその時は、1615年(慶長20年)5月7日、大坂夏の陣で、真田幸村が徳川家康本陣に突撃した時。豊臣家と徳川家の最後の戦い、大坂冬の陣・夏の陣。圧倒的に不利な豊臣軍にありながら、巧みな戦術を駆使して、徳川軍を悩ませた一人の武将がいた。真田十勇士の伝承で知られる名将・真田幸村である。最後まで、死力を尽くして戦い続け、一時は、家康に死すら覚悟させた幸村。何故、幸村は圧倒的劣勢にもかかわらず、家康に立ち向かっていったのか。彼が命を賭した突撃で、徳川の支配体制に一矢を報いた捨て身の挑戦の瞬間を描く。