三国志 Three Kingdoms

人物紹介

魏

曹操(孟徳)そうそう(もうとく)

西暦155〜220年
父は後漢の高官。黄巾の乱で名声を上げる。袁紹の反董卓軍に参加し活躍。董卓の死後、漢の献帝を擁護し最大勢力を築く。「治世の能臣 乱世の奸雄」(平和な世では能力のある臣下、乱世では天下を狙う危険な人物)といわれ、悪人のイメージが強いが、後世に多くの功績を残した人物として評価されている。

司馬懿(仲達)しばい(ちゅうたつ)

西暦179〜251年
代々高官を輩出してきた名門の出で、曹操に見出される。曹操の死後は、魏の皇帝となった曹丕に重用され、曹叡・曹芳と三代の皇帝に仕える。知略に長けており、諸葛亮と激戦を繰り広げる。後に、孫の司馬炎が中国を統一し晋を建国。

曹丕(子桓)そうひ(しかん)

西暦187~226年
曹操の嫡長子。兄二人の早世で第一後継者に。跡目争いで弟の曹植に勝ち、曹操の死と共に魏王に即位。同時に献帝に禅譲を迫り、魏の初代皇帝となった。魏の内政安定に務めたが、わずか40歳で病死。

蜀

劉備(玄徳)りゅうび(げんとく)

西暦161〜223年
前漢の皇族の末裔。若い頃は、草鞋を編んで生計を立てていた。漢王朝の復興のため、義兄弟の関羽、張飛とともに、黄巾の乱や反董卓軍で名声を上げる。義を重んじる強い意志と、人徳があるも、不遇の時代は長く、軍師・諸葛亮を得てから、曹操、孫権に並ぶ勢力へと成長を遂げ、蜀の初代皇帝となる。

諸葛亮(孔明)しょかつりょう(こうめい)

西暦181〜234年
劉備から「三顧の礼」を受け家臣となった天才軍師。曹操の大勢力に対抗するため、孫権・劉備同盟を結び、赤壁の戦いを勝利へと導いた。「天下三分の計」を説き、曹操・孫権に対抗できる勢力を目指し、蜀を大国へと押し上げた立役者。数々の武器・道具を開発した発明家でもある。

関羽(雲長)かんう(うんちょう)

西暦162~219年
劉備・張飛の義兄弟。武力と知力を兼ね備えた最強の名将。特に義理人情に厚く、捕虜として曹操に捕らえられた際も、決して曹操の配下には加わらず、恩を返し劉備のもとへと戻った。

張飛(翼徳)ちょうひ(よくとく)

西暦167~221年
劉備・関羽の義弟。圧倒的な武力を誇り、その怒声は雷鳴の如く轟いたとされる豪傑。しかし、口が悪く、大酒飲みで、部下に厳しく当たるため、失敗を招くこともある愛嬌のある人物。

趙雲(子龍)ちょううん(しりゅう)

生年不明~228年
公孫瓚が劉備に随行させ、後に劉備の配下となった五虎大将軍の一人。長坂坡の戦いでは単身、劉備の嫡子を抱いて、曹操の大軍の中を駆け抜けた度胸がある勇将。

馬超(孟起)ば ちょう(もうき)

西暦176~222年
曹操をあと一歩まで追い詰めるも、策略によって仲間割れが起き、漢中の張魯の下へ。そののち劉備軍の配下となる。張飛と渡り合うほどの猛将で、五虎大将軍の一人。

呉

孫権(仲謀)そんけん(ちゅうぼう)

西暦182~252年
黄巾の乱で名声を上げた父・孫堅。その跡を継いだ、兄・孫策が暗殺され、19歳の若さで呉の当主となる。優れた人材を見抜く力と、寛大な心をもち、周瑜や魯粛ら臣下との信頼も厚い。西暦229年に皇帝の座に就き、252年まで長生きしたが、有望な後継者に恵まれず、呉は280年に滅亡する。

周瑜(公瑾)しゅうゆ(こうきん)

西暦175~210年
知恵と武力を兼ね備えた名将。同い年の孫策とは若い頃から固い友情で結ばれ、兄弟同然の仲であった。孫策亡き後は、孫権に仕え、呉軍の総司令官として、赤壁の戦いで大勝利を収める。その才能ゆえ、諸葛亮とは常に対立する。

呂蒙(子明)りょもう(しめい)

西暦178~219年
若くして、孫策と孫権に仕え、周瑜のもとで赤壁の戦いなどで功績を挙げる。また学問にも励み、知勇兼備の名将に成長する。周瑜、魯粛の後を継ぎ孫権を支え、やがて蜀の関羽を倒す。

陸遜(昭候)りくそん(しょうこう)

西暦183~245年
孫権の右腕として活躍した知将。呂蒙とともに、関羽を打ち破り、荆州の奪還に貢献する。222年、呉 軍の総司令官に任命されると、夷陵の戦いにおいて、劉備率いる蜀の大軍勢を火攻めにして破った。

孫小妹(そんしょうめい)

生没年不明
孫策、孫権とは異母妹で、剣術を使うほど血気盛んな女性。策略のため、30歳も年の離れた劉備と結婚するが、やがて心を寄せ合う仲に。その後、劉備と険悪になった孫権に、呉へと連れ戻される。

その他

董卓(仲穎)とうたく(ちゅうえい)

生年不明~192年
後漢の霊帝の死後、外戚と宦官の対立で混乱する都を制圧。猛将・呂布を養子に迎え、政治における最高位の官職まで上り詰めた。暴政と殺戮を繰り返したため、高官・王允の策略により、呂布に殺害される。

呂布(奉先)りょふ(ほうせん)

生年不明~198年
誰もが恐れる最強の武将。主君を裏切り殺害し、董卓の養子となる。やがて、高官・王允の策略により、董卓を殺害。劉備から徐州を奪うも、智謀に欠ける面があり、曹操・劉備連合軍に破れ処刑される。

貂蝉(ちょうせん)

生没年不明
後漢の高官・王允から娘のように可愛がられた侍女。その美貌を活かし、王允の「美女連環の計」を実行し、董卓と呂布の関係を悪化させた。呂布が董卓を殺害した後は、呂布の妾となる。

袁紹(本初)えんしょう(ほんしょ)

西暦154~202年
名家の生まれで若くして権力を持ち、董卓と対立。各地の諸侯を集め、反董卓軍を率いるほどの勢力を持つ。董卓亡き後、諸侯同士の争いが激化し、官渡の戦いで曹操に敗れた。その後病死。

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