コラムCOLUMN

『贅婿[ぜいせい]~ムコ殿は天才策士~』の魅力を徹底解説<前編> 「国民的ムコ殿」寧毅、大人気のヒミツを6つのキーワードから紐解く

動画再生数65億回超え、中国の主要トレンドランキング1位を総ナメし、社会現象化した大ヒット痛快歴史ドラマ。
ラブコメ、商戦ドラマ、サスペンスなど、さまざまな顔を持つ本作の魅力を前編・後編に分けて徹底解説!

文・林穂紅

1.飛ばし見不可の面白さ:本国で大ヒット
中国では時間の節約のためかネットドラマを倍速で見る人が多いが、本作は視聴者に“倍速鑑賞を諦めさせる”ドラマのようだ。次々飛び出すギャグ、名セリフ、伏線回収は配信後すぐSNSでバズるため、うかうか飛ばし見もできない。
その人気ぶりは亜州学院創意賞最優秀コメディー賞をはじめ10を超す華々しい受賞歴や、スピンオフムービーの公開からもうかがえる。
2.社会現象化:各界公式SNSも参戦
人気は各界に飛び火してたちまち社会現象に。各界の公式SNSも勝手にコラボを始め、ドラマでの対局を解説する囲碁サイトから博物館、消防庁、果ては高等裁判所までもが参戦。主人公カップルの契約結婚をネタに「2人の婚姻は有効か?」「子どもができたら姓はどうなる?」、主人公のビジネス手法に絡めた「商標法や独禁法への抵触は?」など、ノリノリで発信。現実世界でもドラマで登場するピータンが注目を浴び、売れ筋商品となった。
3.「贅婿」自体がウケている
社会現象にまでなった「贅婿」だが、何がここまでウケたのだろうか。ストーリーの面白さ、人好きのする主人公、ファミリーで楽しめる安心感、大ヒットドラマ「慶余年」でブレイクしたキャストたちの再集結などもあるが、一番の理由は「贅婿」を主人公にした話という点だろう。実は近年、中国のネット小説では“贅婿もの”のジャンルが人気で、有名タイトルのラジオコンテンツは再生回数24億超えを記録するほどだ。オンライン小説「贅婿」を原作とする本ドラマも当然、その影響を受けている。
“贅婿”とは、そもそも何?
“贅婿”とは「入り婿」のことなのだが、「贅」には質草、余分の意味もある。借金のかたとして蘇家に婿入りした主人公の寧毅はまさにこのケースで、「贅」肉同様「余り者」の悲哀をヒシヒシと感じさせる。何しろ“贅婿”の典型例といえば「西遊記」の贅婿・猪八戒。大食らいで役立たずのイメージ通り、本国版のコンセプトポスターにも、大きくブタのイラストがあしらわれている。
歴史に見る贅婿の境遇は悲惨の一言。中国の戦国時代には男子の世帯主単位で税が徴収されたため贅婿は税を免れたが、その代わり罪人並みの扱いで、戦争や土木工事に真っ先に徴用された。万里の長城の工事で夫を亡くし、涙で長城を崩したという伝説の孟姜女の夫は贅婿だったし、あの太公望も贅婿だった。周の軍師になった途端すり寄ってきた奥さんに「覆水盆に返らず」と言い放った話は有名だ。こうした虫ケラ同然の扱いからのスカッとする逆転劇に、読者・視聴者は喝采を送るというわけだ。
4.「スカッとする」の中味
「やられたらやり返す」話は日本でも人気だが、「贅婿」にはちょっと違う面もある。寧毅が相手をやり込めるのは、ほとんどが妻の蘇檀児のため。それにあくまでも商売人だから、なるべく敵はつくらず収めようとする。このふんわり加減が、“日々の戦い”に疲れている視聴者のツボにハマるようだ。しかも中国ではカネもうけのうまい人=頭の良い人なので、ポジティブなイメージもある。誰一人味方がいない状態から、才覚一つで天下を動かす活躍を見せる寧毅は、まさにチャイナ・ドリームの体現者なのだ。
5.「こんな終わり方で納得できるのか」
だが、このドラマがウケたもっと深い理由は冒頭の6分間にある。売れないビジネス小説をやめてコメディーを書けと編集者(監督と同じ鄧さんなのは偶然だろうか)に強要され、小説家は「慶余年」の主演俳優チャン・ルオユン演じる主人公を消そうとする。すると彼はこちらを向いて言うのだ——「あんたは納得できるのか」。このセリフをかみしめながら最終回まで見ると、主人公の役者がグオ・チーリンに交替する意味や、ダメダメな脇役たちが愛される理由が見えてくる。
特に侍衛の耿直はダメっぷりが共感を呼んで人気が出ただけに、その扱いに「納得いかない」視聴者の声が続出。製作陣がわざわざ彼の名義でスピンオフ小説を小説サイトにアップするというオチまでついた。
6.続編が登場:第2シーズン始動
ドラマの最終回に合わせて主演俳優たちがSNSに“長文あいさつ”を載せる中国での慣習にならい、主演のグオ・チーリンがアップしたのは「長文」の2文字。漫才師らしいギャグがたちまちトレンド入りするとともに、別れのあいさつではなかったことで続編への期待が沸騰。昨年11月にはオリジナルキャストによる第2シーズン制作が発表された。新しいコンセプトポスターには、第1シーズンのブタが仮面を外したイラストが描かれている。中国のことわざ「ブタに扮してトラを食う」の通り、パワーアップした寧毅の新たな活躍に期待したい。

『贅婿』の魅力を徹底解説<後編>